彼は、薄暗いカフェの片隅で、ゆっくりと冷めていくコーヒーを見つめていた。25歳の彼にとって、恋愛とは遠く、何か神秘的で手の届かない存在だった。友人たちが楽しげに語る恋愛の物語には、彼が知らない言葉や感
情があふれていた。彼は、その話の背後にあった笑顔や涙を想い描き、心が締め付けられる思いを抱いた。
毎回のデートは、どこか不完全で、彼自身の思い描く理想とはかけ離れていた。相手の期待に応えようとするあまり、自分を偽ってしまい、結局は一度きりで終わるのだった。いつも、ほんの少しの距離を感じる。彼女たちの目には映らない自分がいることを、彼は痛感していた。
「どうして、男らしく振る舞わなければならないのか？」と彼は自問する。強くて、頼りにされる存在でなければ、愛されないのではないかという恐れが、彼の心を締め付ける。友人たちの恋愛の話を横目に、彼はただひたすらに、愛されたいと願っていた。
そんな思いを抱えたまま、ある日ひょんなことで出会った彼女がいた。彼女は柔らかい笑顔で、彼の話をじっくりと聞いてくれた。彼は驚きと戸惑いの中で、自分を偽る必要はないのだと気づいた。彼女といる時間が心地よく、自分の本当の姿を見せることができた。その瞬間、彼は初めて「ただの自分」でいることができた。
しかし、恋愛は思い通りには進まなかった。彼女は遠くの街へ行くことが決まっていた。彼は思わず、彼女に告白する機会を逃してしまった。彼女が去った後の静まり返ったカフェで、彼は一人、再びコーヒーを見つめる。
「どうして、愛されたかったのか」と彼は胸の内をそっと呟く。彼の心が求めていたのは、愛の形ではなく、自分を受け入れてくれる存在だったのだ。彼女の笑顔は、彼に「本当の自分を愛していいんだ」と教えてくれた。それは、彼が思っていた以上に大切なことだった。
愛し合うことが全てではない。その愛し方を学ぶことこそが、彼の心の奥に残る宝物だった。彼の恋愛は始まっていないかもしれないが、彼はもう一歩踏み出す勇気を持っていた。彼の心に芽生えた小さな光は、これからの道を照らしていくに違いない。彼はきっと、今までとは違う形で愛される未来を見つけられるはずだった。
