「名前のない片想い」

薄暗い部屋の隅に、自分の名前が書かれた小さな紙があった。彼女はその紙を見つけたとき、心が踊った。彼の手で描かれた、不器用だけれども温かい文字。それが彼女の存在を確かめる唯一の証だった。初めて手を繋いだ
日、彼の顔が少し赤くなったのを忘れられない。彼女はその瞬間、自分の中に新しい世界が広がるのを感じた。

高校生活は、彼との出会いで色づいた。放課後の校庭、ランチの時間、生徒会室の片隅で、彼はいつも優しさを持って彼女に向き合ってくれた。しかし、はじまりの喜びは、次第に不安へと変わっていった。彼女は彼の目の中に映る自分を見つめるたび、ほんの少し孤独を感じることがあった。

「私だけが幸せを感じているのかも」そう思った瞬間、彼女の心は重くなった。特に彼が何かを話そうとしているとき、彼女はいつも思い悩んだ。「彼が本当のことを言っているのか、自分を傷つけないために演じているのか」と、自問自答の日々が続いた。

ある日、彼の目が別の子を見つめているのを見た。彼女の心は、まるで崩れ落ちる砂の城のように消え去った。彼は彼女に少しだけ微笑みかけたけれど、その笑顔が彼女に向けられたものなのか、分からなかった。別れが訪れるとき、彼女はただ彼を放してしまった。大切なものを守れなかった自分に、無力感が満ちた。

新しい彼と出会ったとき、彼女は期待と恐れが入り混じる感情に苛まれた。どんなに彼が優しく接してくれても、心の奥に潜む不安は消えなかった。「また捨てられるのではないか」と、何度も自分に問いかけた。

そんなある日、彼が彼女に言った。「あなたの笑顔を見ると、僕も嬉しいんだ。でも、君が不安に思っている姿を見ていると、僕も辛い気持ちになる。」彼の言葉は、彼女の心に不思議な温かさをもたらした。彼は、彼女の幸せをそのまま受け入れたいと思っていたのだ。

彼女は気づいた。幸せを感じることに不安を抱えるのではなく、彼を心から信じることが大切だと。彼女は涙を流しながら、過去を手放す決意をした。愛は、単なる幸せの確認ではなく、お互いを思いやる心だと。心の中の不安が晴れ、新たに始まる恋の道に、一歩踏み出す準備ができた。

そして、彼女の心の奥には、もう一つの小さな紙があった。彼が書いた言葉、「君の幸せが、僕の幸せだよ」。それは、彼女が求めていた愛の姿だった。彼女は、その言葉を胸に抱きながら、未来に向かって歩き出すのだった。