「君の名前が消えない」

「君の名前が消えない」

彼女には特別な人がいた。予備校で出会ったあの彼、名前を呼ぶことさえためらうほど心の奥深くに住み着いている。夏の日差しが照りつける中、彼との会話はいつもどこか夢の中のようで、現実の重さが薄れていくのを感
じていた。二人で過ごした時間は、まるで流れる川のように、彼女の心を優しく包み込んでいた。

彼と交わした無数の言葉は、風のように彼女の心の中でささやいている。笑顔や泣き顔、なんでもない日常の一瞬が、いつの間にか特別な宝物となり、彼女の今を形作っている。彼と一緒だったあの頃の自分は、一つのキャンバスに色を塗る画家のように、自由で美しかった。

その後、彼女は何人かの恋を経て、すぐに気持ちを切り替えることができた。彼氏ができたり、さよならしたりする中で、彼女の心はすっかり元気を取り戻していた。だが、あの彼だけは違った。彼女は彼に出会う前から、何か空虚なものを抱えていたが、彼と一緒になることで、その隙間が埋まるような感覚を覚えた。

日常のすれ違いの中で、彼の存在が淡く輝く星のように、彼女の人生を照らしていた。ときおり彼のことを思い出す。彼の笑い声、優しい眼差し、すべてが彼女を笑顔にした。けれど、彼女はその思いを胸にしまい込み、ただの「特別な人」として心の中にしまっていた。

季節は巡り、やがて彼女は社会に出て、忙しい日々に追われるようになる。新しい恋に浮かれながらも、彼がどこかにいることを思うと、少しだけ心に穴が開くような気がした。そんなある日、彼女は街角で彼に似た誰かを見かけた。胸が高鳴り、振り返る。しかし、そこに彼はいなかった。ただの見知らぬ人だった。

彼女は彼の存在が、実は彼女の中の「特別」を意味していることに気づく。彼が心に残したのは、本当の意味での「繋がり」だったのだ。彼と過ごした日々は、彼女の成長の一部であり、忘れられない思い出ではなく、これからの人生を生きるための力だと気づく。

彼女はそれを抱えて、次の一歩を踏み出す。特別な思い出としてではなく、生きる力として、彼を胸に刻み、未来へ向かう。言葉にできない感情が、彼女の心で静かに燃え続けていた。